<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/" xml:lang="ja" >
	<channel rdf:about="http://buddhism.dtiblog.com/?xml">
		<title>仏教美術の世界 - Buddhist art - 仏像・仏画</title>
		<link>http://buddhism.dtiblog.com/</link>
		<description>仏像・仏画をはじめ、仏教美術の紹介です。</description>
		<dc:language>ja</dc:language>
		<items>
			<rdf:Seq>
            				<rdf:li rdf:resource="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-44.html" />
							<rdf:li rdf:resource="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-18.html" />
							<rdf:li rdf:resource="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-43.html" />
							<rdf:li rdf:resource="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-42.html" />
							<rdf:li rdf:resource="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-41.html" />
						</rdf:Seq>
		</items>
	</channel>

    	<item rdf:about="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-44.html">
		<link>http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-44.html</link>
		<title>仏塔（ストゥーパ）［ 仏像 ］</title>
		<description></description>
		<content:encoded><![CDATA[ <a rel="nofollow" href="http://www.store-mix.com/ko-bai/product.php?afid=10176618&pid=892474&hid=80480&oid=162&aftype=pct02" target="_blank"><img border="0" src="http://image.d-064.com/products/images/samnail2/892474" alt="仏塔（ストゥーパ）銅製打ち出し一点もの【仏像の天竺堂　仏教美術　中】" width="100" height="150"></a>
<br />
<br />仏塔（ぶっとう）とは、インドの「ストゥーパ（st&#251;pa）」が起源の仏教建築物である。
<br />ストゥーパはサンスクリット語で、日本では「卒塔婆（そとば）」と音写され、「塔婆（とうば）」や「塔（とう）」と略される。
<br />ストゥーパは饅頭のような形に盛り上げられたインドの墓のことで、漢の時代に中国に伝わり木造建築の影響を受けた。
<br />ストゥーパに塔の字が使われるようになったのもこの頃である。
<br />その後、日本に伝播した。日本では五重塔・三重塔・多宝塔など、木材（ヒノキなど）を使って建てられることが多い。
<br />形は大きく変わったものの、本来のストゥーパのもつ意味は変わっていない。
<br />多くは信者の寄進によって立てられる。
<br /> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>仏像［仏教美術の世界 - Buddhist art -］</dc:subject>
		<dc:date>2008-01-20T23:28:14+09:00</dc:date>
		<dc:creator>仏教</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-18.html">
		<link>http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-18.html</link>
		<title>不動明王［ 仏画 ］</title>
		<description></description>
		<content:encoded><![CDATA[ <a rel="nofollow" href="http://www.store-mix.com/ko-bai/product.php?afid=8047652&pid=1639&hid=80480&oid=162" target=_blank><img border="0" src="http://sun.d-064.com/include/implession.php?pid=1639&hid=80480&flag1=samnail2&afid=8047652&oid=162" alt="81007　不動明王【仏教美術　中】" width="116" height="150"></a>
<br />
<br />不動明王
<br />不動明王（ふどうみょうおう）は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一つ。密教の根本尊である大日如来の化身、或いはその内証（内心の決意）を表現したものであると見なされている。不動尊の名で親しまれ、大日大聖不動明王（だいにちだいしょうふどうみょうおう）、無動明王（無動尊）などとも呼ばれる。アジアの仏教圏の中でも特に日本において根強い信仰を得ており、造像例も多い。
<br />
<br />サンスクリットではAcalanatha（アチャラナータ；古代インドではシヴァ神の異名）と言う。「アチャラ」は「動かない」、「ナータ」は「守護者」を意味し、全体としては「不動の守護者」の意味である。チベット密教等では Candamaharosana（チャンダマハローシャナ）と言うが、日本に伝えられた不動明王とは図像的に全く異なるものである。
<br />
<br />弘法大師空海が中国より密教を伝えた際に日本に不動明王の図像が持ち込まれたと言われる。「不動」の尊名は、8世紀前半、菩提流志（ぼだいるし）が漢訳した「不空羂索神変真言経」に「不動使者」として現れるのが最初である。「使者」とは、大日如来の使者という意味である。
<br />
<br />密教では、一つの「ほとけ」が「自性輪身」（じしょうりんじん）、「正法輪身」（しょうぼうりんじん）、「教令輪身」（きょうりょうりんじん）という3つの姿で現れるとする。「自性輪身」（如来）は、宇宙の真理、悟りの境地そのものを指し、「正法輪身」（菩薩）は、説法する姿を指し、「教令輪身」は、仏法に従わない者を教化し、仏敵を退散させる、実践的な働きを指す。
<br />
<br />不動明王は大日如来の教令輪身とされる。煩悩をかかえ、もっとも救いがたい衆生をも力ずくで救うために、忿怒の姿をしている。
<br />
<br />また、釈迦が成道の修業の末、悟りを開くために「我、悟りを開くまではこの場を立たず」と決心して菩提樹の下に座した時、世界中の魔王が釈迦を挫折させようと押し寄せたところ、釈迦は穏やかな表情のまま降魔の印を静かに結び、魔王群をたちまちに超力で降伏したと伝えられるが、不動明王はその際の釈迦の内証を表現した姿であるとも伝えられる。穏やかで慈しみ溢れる釈迦も、心の中は護法の決意を秘めた鬼の覚悟であったというものである。他にも憤怒の相は、我が子を見つめる父親としての慈しみ＝外面は厳しくても内心で慈しむ父愛の姿を表現したものであると言われる。
<br />[編集]
<br />
<br />像容
<br />
<br />密教の明王像は多面多臂の怪異な姿のものが多いが、不動明王は1面2臂を基本としている。（密教の図像集などには多臂の不動明王像も説かれるが、立体像として造形されることはまれである。）
<br />
<br />像容は肥満した童子形につくることが多く、怒りによって逆巻く髪は活動に支障のないよう弁髪でまとめ上げ、法具は極力付けず軽装で、法衣は片袖を破って結び、右手に降魔の三鈷剣（魔を退散させると同時に人々の煩悩を断ち切る）、左手に羂索（けんじゃく＝悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を救い上げるための投げ縄のようなもの）を握りしめ、背に迦楼羅焔（かるらえん＝三毒を喰らい尽くす伝説の火の鳥「迦楼羅（元はインドのガルーダ（金翅鳥））」の形をした炎）を背負い、憤怒の相で粗岩（磐石（ばんじゃく））の上に座して「一切の人々を救うまではここを動かじ」と決意する姿が一般的である（日本では坐像の他、立像も数多く存在している）。
<br />
<br />インドで起こり、中国を経て日本に伝わった不動明王であるが、インドや中国には、その造像の遺例は非常に少ない。日本では、密教の流行に従い、盛んに造像が行なわれた。日本に現存する不動明王像のうち、平安初期の東寺講堂像、東寺御影堂像などの古い像は、両眼を正面に見開き、前歯で下唇を噛んで、左右の牙を下向きに出した、現実的な表情（平常眼）で製作されていた。しかし時代が降るにつれ、天地眼（右眼を見開き左眼をすがめる、あるいは右眼で天、左眼で地を睨む）、牙上下出（右の牙を上方、左の牙を下方に向けて出す）という、左右非対称の姿の像が増えるようになる。これは10世紀、天台僧・安然らが不動明王を観想（思い浮かべる）するために唱えた「不動十九観」の影響によるものである。
<br />
<br />時代をさらに下ると、不動明王像は天地眼による表現がほぼ完全に主流となっていったが、天地眼の刻み方が一般的になっても、運慶の静岡・願成就院の不動明王･二童子立像など、一部には両目を見開き、牙が両方とも下を向いて咬んでいる古来の相に倣って刻まれた像が見受けられる。
<br />
<br />願成就院の不動明王像とほぼ同時期に運慶が制作した、神奈川県・浄楽寺の不動明王立像は、胴部が願成就院とほぼ同一の造形であるものの顔面が天地眼の相で彫られていることから、運慶が相の彫り分けを行っていたことが伺え、相が平常眼か天地眼かは単に時代の変遷によるものとは限らず、依頼主・発願主の意向や目的等によって彫り分けていた可能性がある。ヒノキ材の寄木造りの本像は、小仏師十人と共に運慶が、和田義盛の発願によって造像したことが分かっている。
<br />[編集]
<br />
<br />不動三尊・不動八大童子
<br />
<br />不動明王は、八大童子と呼ばれる眷属を従えた形で造像される場合もある。ただし、実際には八大童子のうちの2名、矜羯羅童子（こんがらどうじ）と制多迦童子（せいたかどうじ）を両脇に従えた三尊の形式で絵画や彫像に表わされることが多い（不動明王二童子像または不動三尊像と言う）。三尊形式の場合、不動明王の右（向かって左）に制多迦童子、左（向かって右）に矜羯羅童子を配置するのが普通である。矜羯羅童子は童顔で、合掌して一心に不動明王を見上げる姿に表わされるものが多く、制多迦童子は対照的に、金剛杵（こんごうしょ）と金剛棒（いずれも武器）を手にしていたずら小僧のように表現されたものが多い。
<br />
<br />八大童子の残り6名は、慧光（えこう）童子、慧喜（えき）童子、阿耨達（あのくた）童子、指徳（しとく）童子、烏倶婆伽（うぐばが）童子、清浄比丘（しょうじょうびく）である。これら八大童子の彫像の作例としては、高野山金剛峯寺不動堂に伝わった国宝の像がよく知られる。東京都世田谷区の世田谷山観音寺には、鎌倉時代の仏師・康円（運慶の孫）作の不動明王及び八大童子像があるが、これは奈良県天理市にあった廃寺・内山永久寺から移されたものである。
<br />
<br />なお、不動明王の眷属として八大童子を配することは、サンスクリット経典には見えないようで、中国で考案されたものと言われている。
<br />[編集]
<br />
<br />真言
<br />
<br />大咒：不動明王火界咒（ふどうみょうおう　かかいのじゅ）
<br />
<br />    のうまく　さらばたたぎゃていびゃく　さらばぼっけいびゃく　さらばたたらた　せんだまかろしゃだ　けんぎゃきぎゃき　さらばびぎなん　うんたらた　かんまん
<br />
<br />中咒：不動明王慈救咒（ふどうみょうおう　じぐのじゅ）
<br />
<br />    のうまく　さんまんだ　ばさらだ　せんだんまかろしゃだや　そはたや　うんたらた　かんまん
<br />
<br />小咒：不動明王一字咒（ふどうみょうおう　いちじのじゅ）
<br />
<br />    のうまく　さんまんだ　ばさらだんかん
<br />
<br />＊大咒と中咒にある「せんだんまかろしゃだ」とは不動明王の元の名（チャンダマハロシャナ）の意である。
<br />
<br /> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>仏画［仏教美術の世界 - Buddhist art -］</dc:subject>
		<dc:date>2008-01-20T04:43:48+09:00</dc:date>
		<dc:creator>仏教</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-43.html">
		<link>http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-43.html</link>
		<title>三開仏龕　27仏［ 仏像 ］</title>
		<description></description>
		<content:encoded><![CDATA[ <a rel="nofollow" href="http://www.store-mix.com/ko-bai/product.php?afid=8803545&pid=600325&hid=80480&oid=11309" target=_blank><img border="0" src="http://sun.d-064.com/include/implession.php?pid=600325&hid=80480&flag1=samnail2&afid=8803545&oid=11309" alt="三開仏龕　27仏【京都仏像工房】" width="150" height="132"></a>
<br />
<br />仏龕は弘法大師・空海が中国の唐時代に唐から日本に持ち帰り、生涯傍に置いていた事から空海枕本尊と呼ばれるものです。
<br />中国の伝統と歴史を受け継ぐ匠の技により入念精緻に彫り上げた手彫り美術作品です。
<br />マンション住まいの方におすすめです。
<br />総高：約25.2cm　素材：柘植
<br />
<br /> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>仏像［仏教美術の世界 - Buddhist art -］</dc:subject>
		<dc:date>2006-12-31T05:24:17+09:00</dc:date>
		<dc:creator>仏教</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-42.html">
		<link>http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-42.html</link>
		<title>法華曼荼羅［ 仏画 ］</title>
		<description></description>
		<content:encoded><![CDATA[ <a rel="nofollow" href="http://www.store-mix.com/ko-bai/product.php?afid=8386588&pid=1705&hid=80480&oid=162" target=_blank><img border="0" src="http://sun.d-064.com/include/implession.php?pid=1705&hid=80480&flag1=samnail2&afid=8386588&oid=162" alt="84010　色紙　法華曼荼羅【仏教美術　中】" width="134" height="150"></a>
<br />
<br />法華曼荼羅（ほっけまんだら）とは、法華経の世界を図、梵字、漢字などで表した曼荼羅の一種。
<br />
<br />[編集] 密教の法華曼荼羅
<br />
<br />真言宗、天台宗に於ける法華曼荼羅は、法華経前半十四品（迹門）に登場する、菩薩などを表したものである。中央に多宝塔、中央右に釈迦如来、中央左に多宝如来、周囲に弥勒菩薩・文殊菩薩・薬王菩薩・妙音菩薩・常精進菩薩・無尽意菩薩・観音菩薩・普賢菩薩が配置されてる。
<br />
<br />
<br />[編集] 日蓮の法華曼荼羅
<br />
<br />日蓮門下の諸派に於ける法華曼荼羅は、日蓮が末法の時代に対応するべく、法華経後半十四品（本門）に登場する、如来、菩薩、明王、天などを表したものである。 中央に題目（南無妙法蓮華経）を配置する。 左側に釈迦如来・浄行菩薩・安立行菩薩・普賢菩薩・弥勒菩薩・大迦葉尊者・釈提恒因大王・大月大王・明星天子・十羅刹女・阿闍世王・大龍王・妙楽大師・傳教大師・八幡大菩薩・愛染明王を配置する。 右側に多宝如来・上行菩薩・無辺行菩薩・文殊菩薩・薬王菩薩・舎利弗尊者・大梵天王・第六天魔王・鬼子母神・轉輪聖王・阿修羅王・提婆達多・龍樹菩薩・天台大師・天照大神・不動明王を配置する。 右上に持国天・右下に広目天・左下に増長天・左上に毘沙門天を配置する。 これらを漢字や梵字で書き表し、中央の題目から長く延びた線を引く特徴から、髭曼荼羅とも呼ばれている。
<br />
<br />
<br /> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>仏画［仏教美術の世界 - Buddhist art -］</dc:subject>
		<dc:date>2006-10-28T18:03:40+09:00</dc:date>
		<dc:creator>仏教</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-41.html">
		<link>http://buddhism.dtiblog.com/blog-entry-41.html</link>
		<title>千手観音［ 仏画 ］</title>
		<description></description>
		<content:encoded><![CDATA[ <a rel="nofollow" href="http://www.store-mix.com/ko-bai/product.php?afid=8372293&pid=1706&hid=80480&oid=162" target=_blank><img border="0" src="http://sun.d-064.com/include/implession.php?pid=1706&hid=80480&flag1=samnail2&afid=8372293&oid=162" alt="84011　色紙　千手観音【仏教美術　中】" width="134" height="150"></a>
<br />
<br />千手観音（せんじゅかんのん）は、仏教における信仰対象である菩薩の一つ。サンスクリットではサハスラブジャ（Sahasrabhuja-arya-avalokite&#65533;vara）と言い、文字通り「千の手をもつもの」の意味である。インドでヒンドゥー教の影響を受けて成立した観音菩薩の変化身（へんげしん）の一つであり、六観音の一つでもある。日本語では「十一面千手観音」、「千手千眼（せんげん）観音」「十一面千手千眼観音」などさまざまな呼び方がある。「千手千眼」の名は、千本の手のそれぞれの掌に一眼をもつとされることから来ている。千本の手は、どのような衆生をも漏らさず救済しようとする、観音の慈悲と力の広大さを表わしている。観音菩薩が千の手を得た謂われとして、伽梵達摩訳『千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經』がある。この経の中に置かれた大悲心陀羅尼は現在でも中国や日本の禅宗寺院で読誦されている。
<br />
<br />名称
<br />
<br />千手観音の尊名について、日本語では「十一面千手観音」「千手千眼観音」「十一面千手千眼観音」など、さまざまな呼び方があることは前述のとおりである。千手観音像の中には十一面ではなく二十七面につくる像もあり、必ずしも「十一面千手千眼観音」が正しいとは言いきれない。また、文化財保護法による国宝、重要文化財の指定名称は「千手観音」に統一されている。密教の曼荼羅では観音像は「蓮華部」に分類されている。千手観音を「蓮華王」とも称するのは観音の王であるとの意味で、蓮華王院（京都の三十三間堂の正式名称）の名はこれに由来する。
<br />[編集]
<br />
<br />像容
<br />
<br />坐像、立像ともにあり、実際に千本の手を表現した作例もあるが、十一面四十二臂とするものが一般的である（和歌山・道成寺本尊像は例外で、四十四臂に表わす）。四十二臂の意味については、胸前で合掌する2本の手を除いた40本の手が、それぞれ25の世界を救うものであり、「25×40＝1,000」であると説明されている。ここで言う「25の世界」とは、仏教で言う「三界二十五有（う）」のことで、天上界から地獄まで25の世界があるという考えである（欲界に十四有、色界に七有、無色界に四有があるとされる）。ちなみに「有頂天」とは二十五有の頂点にある天上界のことである。
<br />
<br />京都・三十三間堂の本尊（坐像）は、鎌倉時代の仏師湛慶の名作であるとともに、十一面四十二臂像の典型作である。42本の手のうち2本は胸前で合掌し、他の2本は腹前で組み合わせて宝鉢（ほうはつ）を持つ（これを宝鉢手という）。他の38本の脇手にはそれぞれ法輪、錫杖（しゃくじょう）、水瓶（すいびょう）などさまざまな持物（じもつ）を持つ。38手に何を持つかについては、像によっても異なり、必ずしも決まっていない。また、長年の間に持物が紛失したり、後世の補作に替わっている場合が多い。
<br />
<br />奈良・唐招提寺金堂像（立像）、大阪・葛井寺本尊像（坐像）は、実際に千本の手を表現した作例である。像高5メートルを超える唐招提寺像は大手が42本で、大手の隙間に無数の小手（現存953本という）を表わす。葛井寺像は、大手が40本（宝鉢手をつくらない）、小手は1,001本である。葛井寺像の小手は、正面から見ると像本体から直接生えているように見えるが、実は、像背後に立てた2本の支柱にびっしりと小手が取りつけられている。葛井寺像の大手・小手の掌には、絵具で「眼」が描かれていたことがわずかに残る痕跡から判明し、文字通り「千手千眼」を表わしたものであった。
<br />[編集]
<br />
<br />日本における信仰と造像例
<br />
<br />千手観音の造像例は、インドにはほとんど知られないが、中国では唐代の龍門石窟などに遺例がある。日本での千手観音信仰の開始は古く、空海が正純密教を伝える以前、奈良時代から造像が行われていた。東大寺には天平年間に千手堂が建てられたことが知られ、同寺の今はない講堂にも千手観音像が安置されていた。日本における現存作例では、8世紀半ばの制作とされる葛井寺像が最古とされ、唐招提寺像も8世紀末〜9世紀初頭の作品である。和歌山・道成寺の秘仏北向本尊像の胎内からは大破した千手観音像が発見されているが、これは道成寺草創期の本尊と思われ、奈良時代に遡るものである。
<br />
<br />その他、千手観音をまつる著名寺院としては、清水寺、三十三間堂、西国札所の粉河寺などがある。京都・清水寺本尊（立像）は、33年に一度開扉の秘仏で、42本の手のうちの2本を頭上に挙げて組み合わせる独特の形をもち、「清水型」といわれている。同じ清水寺の奥之院本尊の秘仏千手観音像は珍しく27面をもつ坐像である。
<br />[編集]
<br />
<br />千手観音の持物
<br />
<br />千手観音の持物（じもつ）については、『千手千眼陀羅尼経』（詳しくは『千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経』）などの経典に説かれており、実際の彫像、画像などもおおむね経典にしたがって造形されている。
<br />[編集]
<br />
<br />左手の持物
<br />
<br />* 宝戟（ほうげき）千手観音が左手に持つ杖状のもの。先端が3つに分かれた武器。　　
<br />* 化仏（けぶつ）小型の仏像。 　
<br />* 宝鐸（ほうたく）小型の鐘のこと。　
<br />* 紫蓮華（しれんげ）
<br />* 払子（ほっす）元来は蝿などを追い払うための道具。　　　
<br />* 羂索（けんさく）投げ縄のこと。
<br />* 日輪（にちりん）経典には「日精摩尼」（にっしょうまに）とある。
<br />* 宝輪（ほうりん）経典には「不退金輪」とある。　　
<br />* 宝螺（ほうら）ほら貝。　　　
<br />* 玉環（ぎょくかん）「金環」とも。これに代えて「宝釧」（ほうせん、腕輪）をもつこともある。　　
<br />* 髑髏杖（どくろじょう）右手に持つ場合もある。
<br />* 紅蓮華（ぐれんげ）
<br />* 傍牌（ぼうはい）龍の顔を表した楯のようなもの。
<br />* 宮殿（くうでん）経典には「化宮殿」とある。
<br />* 五色雲（ごしきうん）右手に持つ場合もある。　
<br />* 宝鉤（ほうこう）経典には「倶尸鉄鉤」とある。先端が直角に曲がった棒状の武器。右手に持つ場合もある。　　
<br />* 宝剣（ほうけん）柄（つか）の部分が三叉に分かれた三鈷剣。右手に持つ場合もある。
<br />* 宝弓（ほうきゅう）右手に持つ矢（宝箭）と対をなす。
<br />* 澡瓶（そうびょう）「軍持」とも。水差しのこと。　
<br />
<br />[編集]
<br />
<br />右手の持物
<br />
<br />* 錫杖（しゃくじょう）左手にもつ「宝戟」と対をなす。杖の上方に輪をいくつも付けてあり、これを持って歩くと輪が音を発する。元来はインドで山野を歩く際の毒蛇除けに使用したもの。
<br />* 頂上化仏（ちょうじょうけぶつ）　　　
<br />* 三鈷杵（さんこしょ）中央に握りがあり、両端が三叉になった法具。経典ではこれを持つ手を「跋折羅手」（ばさらしゅ）とする。
<br />* 青蓮華（しょうれんげ）　
<br />* 楊枝（ようじ）柳の枝。「楊柳」とも。左手に持つ場合もある。
<br />* 数珠（じゅず）
<br />* 月輪（がちりん）経典には「月精摩尼」とある。
<br />* 宝珠（ほうじゅ）経典には「如意珠」とある。左手に持つ場合もある。　
<br />* 宝経（ほうきょう）「経篋」（きょうきょう）とも。仏典のこと。左手に持つ場合もある。
<br />* 宝印（ほういん）　　
<br />* 蒲桃（ぶどう）葡萄のこと。　　
<br />* 白蓮華（びゃくれんげ）
<br />* 施無畏（せむい）持物を持たない手。左手とする場合もある。　　　
<br />* 宝鏡（ほうきょう）
<br />* 宝篋（ほうきょう）小箱。「梵篋」とも。　
<br />* 金剛杵（こんごうしょ）「独鈷杵」（とっこしょ）とも。中央に握りがあり、両端に鋭い刃のついた武器。左手に持つ場合もある。
<br />* 鉞斧（えっぷ）「おの」「まさかり」のこと。左手に持つ場合もある。　　　
<br />* 宝箭（ほうせん）矢のこと。　　　
<br />* 胡瓶（こびょう）ペルシャ風の水差し。「宝瓶」とも。　　
<br />
<br />『千手千眼陀羅尼経』では以上の38本の持物をもつ手に加えて「合掌手」と「宝鉢手」を含めて40本の手について言及している。日本における千手観音の実際の造像例を見ると、腹前（坐像の場合は膝上）で2本の手を組み、その上に宝鉢を乗せる形式のものが多い。宝鉢を持つ2本と胸前で合掌する2本の手を合わせて42臂となる。
<br />[編集]
<br />
<br />日本における代表的な千手観音像
<br />
<br />* 福島・恵隆寺像（立像）（重文）
<br />* 京都・清水寺本尊像（立像）
<br />* 京都・清水寺奥之院本尊像（坐像）（重文）
<br />* 京都・三十三間堂本尊像（坐像）（国宝）
<br />* 京都・三十三間堂像（1,001体、立像）（重文）
<br />* 京都・東寺旧食堂像（立像）（重文）
<br />* 京都・広隆寺旧講堂像（立像）（国宝）
<br />* 京都・峰定寺像（坐像）（重文）
<br />* 大阪・葛井寺本尊像（坐像）（国宝）
<br />* 奈良・唐招提寺金堂像（立像）（国宝）
<br />* 奈良・興福寺旧食堂像（立像）（国宝）
<br />* 和歌山・道成寺本尊像（立像）（国宝）
<br />* 福岡・大悲王院像（坐像）（重文）
<br />
<br />
<br />
<br /> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>仏画［仏教美術の世界 - Buddhist art -］</dc:subject>
		<dc:date>2006-10-25T23:23:44+09:00</dc:date>
		<dc:creator>仏教</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
	</rdf:RDF>